【HSP】ネガティブ思考に感謝する日常

気楽に賢く、正しく生きて行きたいHSPでネガティブな日常を綴ります。

【ホテル・ムンバイ】えっ!実話!!こんなに死体があっていいの!

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ホテルムンバイ


映画『ホテル・ムンバイ』公式サイト

『きっと、うまくいく』、『めぐり逢わせのお弁当』最近インド映画で「見て良かった!よしよし」という感じが確かにあって、アマゾンプライムで上位に表示された『ホテルムンバイ』を説明をスルーして安易に見始めた。

個人的なブームでインドの町並み、ただの通行人のインド人とか見るだけワクワクで引き込まれる今日このごろ。

始めコーヒーを入れるためほんの数分席を外し戻ろうとした所で銃声が轟いた。

普段最も自分が選ばない映画だった。

どうやらホテルがテロに銃撃される映画らしきことが分かってきた。

「えっ、冒頭に実話とあったよ!」

その後、犯人が無差別に客や従業員をどんどん銃殺して行く。

ごめんなさいちょっと躊躇ない振る舞いに言っちゃいけないけど、「ちょっとスッキリ」。「ダメダメ実話だよこの話!」。

インドムンバイの五つ星ホテル、タージマハルを襲うパキスタンから電話で操られるテロリストの若者たちは神への忠誠から異教徒を殺すことに迷いはない。

運悪くVIPとして居合せた赤ん坊を伴ったディビッドとザーラ夫妻とベビーシッター。

客を守るため毅然とした振る舞いを続けるオベロイ料理長(アヌパム・カー)、客の一人でメインキャストのロシアの元軍人ワシリーの命の行方を追いかけながら、昨日ポチったことが頭に過りながら「終わるまで絶対来ないでね」と画面から一時も目は離せません。

ストーリーの進行と共に血だらけで倒れている人を見ても何とも思わなくなってきた!

「あ~ヤダヤダ!」。

まるでからくり屋敷に閉じ込められた500人の客と従業員、テロリスト達「どうなるの?誰が生き残るの?」ハラハラ、ドキドキ、実話じゃなければ「娯楽として観ればいいのだが、そうは行かない」。

私の中でのヒーローは従業員のアルジュンに他ならない。命の危険に何度もさらされながら、妊娠中の妻と娘への思いが見え隠れするなかで客を守るという使命で果敢にホテル内を行動し続ける。

家族と抱き合うシーンでこの映画は終わる。

この一点に心を向けると静かな感動がこのストーリーの中にも見えた気がした。

ネタバレ記事を読み漁っているとムンバイの同時多発テロを知らない人が結構いることを知った。

人ごとのように書いている私もそ一人だった。

正直言って一番心に残ったのは「イスラム過激派はやっぱり怖い!」

あってはならない事実を知らせる意義はあるのだろうが。

なぜこんな同じ人間なのに、こんなんも人間を逸脱し凶悪化してしまうのか?!

そこをもっともっと掘り下げて知るべきと思わされた作品だ。

保育園の玄関で思う子育ての難題

うちの保育園の玄関はとても狭い。

畳2畳もないスペース。

そんな狭い玄関を利用する親子は200人以上意外と多い。

自分が帰る4時頃お迎えにくる保護者はまず正社員はいない。

特に目立つのが育児休業中で赤ちゃんを抱っこしたお母さんたちだ。

私はその人達を否定する気持ちは全くない。

保育園の行き帰りは親子にとって貴重な時間に違いない。

園児が「昨日帰りにお砂場でママと遊んだ」とか「セブンでアイスを買ってもらった」とか教えてくれる子供たちもいる。

ただ、狭い玄関で渋滞が出来ているのに子どもがゆっくり靴を履くのを見守っている行動に対しては賛否が分かれる気がする。

そこから既にママとの貴重な交流の時間が始まっていて、上手に自分で履けるのに「履かせて」とだだをこねていることもある。

自分でまだ出来ない場合、履けないのだから、いつまで続くのかという親子のやり取りが繰り広げられている。

日中保育園ではこのやり取りは保育者と子どもの間ではよくあることだ。

靴を履くときだけじゃなく、服を着る時、トイレをする時、食べる時。

毎日少しずつできるようになっていく子どもに寄り添い見守り待ってあげる時間。

ママとの間でもこの時間は絶対不可欠で時間のないお母さんにとっても将来の貯金になるには違いない。

私にはこの時間が欠けていたと今思わされる。

高校生にもなる息子だが、出来ていないことがあまりに多いので今さら驚かされる。

今さらしつけを始めようたって「この子耳はないんだっけ?」言うたびに思わされる。本当に悲しいです。

だから混み合う狭い玄関で靴を履くのをいつまでも見守るお母さん、私は一番リスペクトすべきに違いないのだろう。

それなのに毎日「早くしてくれないかな」という残念な気持ちばかりだ。

この場でお母さんは将来の教育の貯金をするべきか?

「早くしてくれないかな」の空気を読んで諦めるべきか?

この答えがシンプルに選べるのかは未熟な私には難題だ。

【バケモノの子】オリンピックを直前!渋谷スクランブル交差点で思う事

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渋谷スクランブル交差点


東京オリンピック開幕まで1週間を切った土曜日の夕方、最も行くべきじゃない場所と言える?“
渋谷スクランブル交差点”に降り立った。

都内の感染者数はここに来て連日1000人を超えている。

抑止の意味を込めてかここ渋谷は度々報道されている。行き交う若者達が映り、センター街らしき場所で「何が悪い」と言わんばかりに外飲みする若者たち。

呆れ果てて見ていたけれど、実際来てみるとそんな若者達の姿は見受けられない。

4度目の非常事態宣言下、夜8時を過ぎ飲食店は全て閉店。

それでも確かに人は全然まばらではない。

宮下公園には2人組、3人組でただ座って、マスクをしながら楽しそうに会話するカップルやグループ。

受け入れ難い違反者の集まりという空気は感じられない。

パンデミックの中オリンピックの堂々開催をカウントダウンしながら、彼らの行動を全否定することが誰に許されるのだろうか?

少なくとも全く政治に関係ない若いとは言えない自分には出来はしない。

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宮下公園


たまたま、翌日日曜日に観た映画は『
バケモノの子』。

これ以前に2Dに入り込めた記憶ははるか彼方だ。

前日IKEAに向かう途中確かに通ったセンター街の路地の隙間から出入りする主人公、蓮(九太)とバケモノの世界に引きまれて行った。

クライマックス大きな黒いクジラがスクランブル交差点を横切った。

巨大なクジラにうろたえる人達の中に自分もいた。

「こんな所来るんじゃなかった!」。

主人公が育ての師匠、熊徹と一体になって心の闇、クジラを切ったのは計らずも国立競技場。

その後渋谷とその地下のバケモノの世界に静かな平和が戻る。

高校生の息子が面白かったとすすめてきたこの作品。

確かに息子世代、宮下公園に静かに集まっていた若者世代の心で観るなら、私の世代のマックス倍以上は楽しめるストーリーに違いない。

リアルな渋谷スクランブル交差点、2Dで描かれた同じ場所、世界の中の日本、日本の中の東京、東京の中の渋谷、そして“渋谷スクランブル交差点”。

ここは不思議なパワーを秘めたかけがえのない若者たちを集める場所に違いない。

 

www.bakemono-no-ko.jp

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B07CLJBP78/ref=atv_dl_rdr?autoplay=1

【映画】めぐり逢わせのお弁当

 

f:id:djnushi:20210705234450p:plain考えてみたらウーバーで愛妻弁当をデリバリーしてもらうことも可能!

でも敢えてやろうと思う奥さんは日本では少ないだろうな?

インドでは愛妻弁当専門のウーバー、ダッバーワーラーという職業が存在する。

イギリスの植民地だったことや宗教上の理由もあるようだが、ダッバーワーラーが自転車+電車で運ぶ弁当箱の数はウーバーと違って10以上に上る。

そんなインドの都会の独特の文化に触れることが出来るのもこの映画の醍醐味の一つだね。

平凡な主婦リラが愛情を込めたランチボックス。

誤って退職目前、惰性で最後のビジネスマン生活を送っていたサージャンの元に届けられ2人の出会いのきっかけとなる。

料理とメモのやり取りで2人の仲は深まって行く。サージャンのみリラのリアルな姿を見ることになる。

リラは夫の浮気に悩んでいる。さらに父親の死を看取った母親のあり様に心揺り動かされる。

ラストシーンの電車で移動中、主人公の側で手をたたきながらダッバーワーラー達が歌いまくるヒンドゥー教の歌は結末をより思わせぶりにしている。

曲は明るい。「日々の暮らしに感謝してます」という歌詞からも。

この映画のかけがえのない台詞、

サージャンの部下:「人は時々、間違えた電車でも正しい場所に着く」

リラ:「間違えた電車でも正しい場所に着くのか…今に分かる」

サージャンはダッバーワーラー達とリラの元に向かうのか?間に合うかのか?

リラの最後のシーン、娘を送り出した顔は明らかに日常的ではなかった。

何か強い決意を発していた。

一人で生きるのか?あるいはアクセサリーを全て外して生きるのをやめるのか?

私はラストシーンを繰り返して見れば見るほど、ハッピーエンドとしか思えなくなってきた。

リラはブータンに向かうはずが間違えてサージャンと同じ電車に乗り合わせる。

そんな単純には行かないかもしれないが、必ず2人は生きて出会う。

ただただ、結末は視聴者に任せられている。私にはそれがとても心地いい。

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8A%E9%80%A2%E3%82%8F%E3%81%9B%E3%81%AE%E3%81%8A%E5%BC%81%E5%BD%93-%E5%AD%97%E5%B9%95%E7%89%88-%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%B3/dp/B00UMB9PUS/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E3%81%8A%E5%BC%81%E5%BD%93&qid=1625664770&s=instant-video&sr=1-1

 

海坊主と和解!

昨日海坊主に臭いと笑われた件で寝ても覚めても心がバズっていた私でしたが、半分忘れかけ今日が始まった。

ずっと彼と今後上手くやって行けるのかと頭の中でグルグルグルグル反芻が続いていたのですが、朝一「これが少ないよ!」と普通に言ってきた。

「あっちに少ししまったんだわ」と同じく普通に答えた自分に驚いた!

所詮4歳児だ!私の怒り悲しみには気づいてない!

「あ~良かった!」

その後も昨日と同じ様なやり取りは彼と間にはあったけど、今日は上手いことやり過ごすことが出来たwww

トイレで行列が出来てるのになかなかしなかったり、私がいつもスリッパを直すのを知ってて、わざと蹴飛ばして脱いだりあったけど、明らかに自分の気持ちが昨日とは違った反応だった。

決して怒らない悲しまないわけはないけど言えることは

「私は前進してる!よしよし!!」

昨日、ナゼあんなに心が揺れ動いたのか考えながら、内面をとても深く見つめることが出来た。

とにかく自分が一番嫌いで傷つくのは、集団に笑われること!

これは相手が誰であってもなんだ!

自分の弱点に改めて気づくことが出来た。

そして得たことはこれだけじゃなかった!

『心の知能指数を高める 66のテクニック EQ2.0』

この本を今読んでいるけど、自己管理の項目の

「変化がすぐそこにきていることを認める」ここがありがたく刺さった。

ここで言う変化は良い変化ではなく悪い変化、人生の障害のことで、私に今回おこった、海坊主のおかげで複数人から笑われて大人げなく傷ついてしまったこと。これも含まれる。

こういう予期せぬ出来事、変化に私は今回、ショック、驚き、恐れ、失望といったネガティブな強い感情にのっとられてしまった。

今後同じ様にならないための対策がこの本には書いてあった。

本では人は変わりビジネスに波がある、そういった変化を受け入れることがまず必要だという。

こんな一節は海坊主の件がなかったら読み飛ばしていたかもしれないと思う。

「海坊主に感謝!」

本によると自分にとっての変化を普段からリストアップして、その下にどういう振る舞いをするべきかも書き出して備えておく!

という具体策が書かれていた。

「これやらなくちゃ!」

「集団に笑われちゃったら、不必要にショックを受けちゃう性格なんだ」ってことを覚えとかなきゃ。

そしてこうなったら、どうしようか?

しかも相手が子どもの時?

そうだ、翌日はもうどうってことなかったな!うんうん!

つまり、その時も翌日は別にどうってことない!

それを覚えといたらいいわな!

これが本で言う変化が起きた時の選択肢に違いないわ!

オッケー!!

即効で翌日には子どもも自分もどうとも思ってないわ!

そう思えばいいわけよ!

これいいね!

「海坊主君素晴らしい気づきをありがとう!」

 

海坊主に怒る自分がイヤ!

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海坊主みたいな子がいる。

海面から頭が出てきても何の違和感もない。

そいつが「臭い」と言ってきた。

4人テーブルの子どもたちがゲラゲラ笑う。

怒鳴りつけたい怒りの感情。

悲しい感情がこみ上げてきても、ただただ抑える。

相手は半世紀近く年が離れた子どもだ。

でも、イラつく、傷つく。。

この気持ちはいけねいの?

私は未熟なの?

もし怒鳴りつけたら周りが騒然となるだけで、味方は誰もいない。

事態はさらに悪くなる。

直感でそう思えて、変顔で反撃したが、今度は「キモイ」

また、イラつく、傷つく。。

でもとりあえず、怒りをぶちまけずにすんだ。

海坊主はいつも片付けとか、簡単な着替えとか「やって」と言ってくる。

いつもイヤイヤやっているけど、今日は目を合わせないと頼んでこなかった。

とにかく、もうこんなトラブルには合いたくない。

この出来事は自分に何を教えようとしているのか?

まだ答えは分かっていない。

上記の画像は海坊主の似顔絵なのか?

それとも自分の心の鬼の顔なのか?

どちらも、すごくしっくり来る!!

 

【映画】ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

 

f:id:djnushi:20210627211346p:plain冒頭のシーンはお葬式!BGM悲しすぎ!

どちらかと言うと暗い気分だったので気づくと引き込まれて無心で視聴している自分にはっとしました。

意識的に見進めて行くと、こんな暗いの見ちゃって大丈夫かな?

ちょっと警戒心を持ち始める自分に気付きながらも、確かに惹かれるものがありリタイヤには及びませんでした。

主人公の少年オスカーがアスベルガーの疑いをカミングアウトするシーン以前におそらく何らかの発達障害を抱えているに違いないと察していました。

20代の頃テレビ画面で現実とは思えず目の当たりにした同時多発テロ

あのビルに子供はいなかったのではと思えますが、オスカーのように親を失い間接的な被害者になった子どもは多くいたに違いないでしょう。

そこにスポットを当てた映画なのだと思いながら、留守電の父親の声に何度も回帰し涙するシーンには単純に同情しました。

コミュニケーションに障害を抱えたオスカーがもしもブラックの鍵に出会わなければ、心の視点は内側に向かい続けていたに違いありません。

鍵のおかげで持ち主を探すチャレンジの旅が始まります。

途中からはキーパーソンの一人後に祖父と分かる謎の老人と一緒に次々ブラックを訪ねて行きます。

当然鍵の持ち主のブラックが見つかったところで何らかの解決があると思いながら見ていたわけですが、ここはオスカーの答えには繋がらなかったことはとても意外でした。ここから一体どう展開するのか?どんな救いがあるというのかと失望してしまいました。

もう明るい展開は完全に望めず、このまま黒に近い灰色の物体を心に抱えて見終えるのかと思うとこの映画を選んだ自分を責める気持ちがポコポコ湧きあがり始めました。

ところが、9月11日ワールドトレードセンターに衝突寸前の飛行機が180度向きを変えるように私の心に変化がありました。

絶望に打ちひしがれ自室で暴れるオスカーに母親がずっとしたためていた思いを伝えるシーンです。涙があふれて止まりませんでした。

ニューヨークが舞台の映画に多い父子愛を描いた作品と決め込んで観ていたただけに、この時の感動の掛け算の答えは数値では表せません。

気持ちが200%に盛り上がったところで、オスカーが父親の死はもちろん、生前の父親の息子への強い思いを超えることができた能動的行動のラストシーンは優しく心地いいものでした。